今日は朝からお勉強。AIをいじってみてる。
触れば触るほど思うのは、AIをいかに思い通りに動かせるかって、結局「国語力」が問われるってこと。

ざっくりした指示だと、返ってくるものもざっくりする。
逆に、自分のイメージをどれだけ具体化できるか、言語化できるかで、結果が変わってくる。これがまぁ難しいんだけど…難しいから面白い、とも思う。

小学生のとき、作文を書くときに習った「誰が・いつ・どこで・何をした」みたいな、あれ。
結局あれが、いまになって効いてくる。
AIにお願いするときも同じで、「誰が」にあたる主語や立場、「いつ」の条件、「どこで」の状況、「何を」のゴールが曖昧だと、こちらが欲しい形にたどり着きにくい。

だから今日の末吉のテーマは、日本語力を磨くこと。
うまく言えないなら、うまく言えるように練習するしかない。
自分の中にあるイメージをちゃんと言葉に落とす。簡単じゃないけど、ここを避けたらずっと曖昧なままなんだよね。

3月11日、風化させないこと

そして今日は、朝からテレビのニュースでも東日本大震災の話で持ちきりだった。
こういう日になると改めて思う。戦争や災害、事故などの記憶を風化させてはいけないよね。

人って、日常が続くと、どうしても忘れてしまう。
忘れるのは悪意じゃなくて、生活を回すための仕組みでもある。
でも、忘れてしまうことで同じことが繰り返されるなら、それはやっぱり避けたい。

過去を参考にして、未来を切り開いていかなければいけない。
それは社会としてもそうだし、自分の人生でもそうだと思った。

過去の失敗を、ちゃんと糧にする

自分の人生でも、過去の失敗を忘れてはいけない。
でも、ただ引きずるのとも違う。
反省して、分析して、同じ過ちを繰り返さないようにする。過去を“教科書”にする感じ。

今日書きながら思ったのは、これも勉強と同じだなってこと。
勉強って、できないところを見つけて、向き合って、少しずつできるようにしていく作業。
失敗の扱い方も、たぶん同じ。できなかったことを責め続けるんじゃなくて、次の一手に変えていく。

だから末吉は、過去の自分を否定しすぎず、でも甘やかしすぎず、ちゃんと前に進むために使っていきたい。
焦る日もあるし、負けそうになる日もある。けど、そういう日を含めて積み重ねだと思う。

最後に一言

今まで、勉強から逃げていた人生だった。
だから、いま本気で勉強している。これは末吉にとって、わりと大きい変化だと思う。

そして最近、少しずつ楽しいと感じられている。
できないことが見えて悔しいときもあるけど、それでも「もう少しやってみよう」って思えるのはいいことだと思う。

つまずいた点は、日本語力のなさを痛感したこと。
でも、気づけたなら前進。磨けば変わる。
負けそうになることもあるけど、継続するぞー。